【読書メモ】「具体と抽象」を読んでみた

「具体と抽象」を読む目的

具体と抽象 ―世界が変わって見える知性のしくみ

具体と抽象 ―世界が変わって見える知性のしくみ

会社の先輩の日報に「具体的な事象から抽象的な学びを得て、次に繋げられるかどうかで成長度合いは大きく変わるよね」と書いているのを読んだ。日頃から「具体的に言うと、、」「抽象的に言うと、、」のような発言はしていたが、正直にいうと区別せずに口癖で発言していたことが多かったように思う。なので、この本を読んで理解を曖昧にせず具体と抽象をうまく使い分けられるようになりたいと考えた。同期の日報でこの本を紹介していたのでタイトル自体は知っていたが、当時の自分には必要性が感じられなかった、、。しかし今ようやく「知りたい」という欲求が現れたのでこの本を読むのである。ちなみに、これからメモを書く前にいっておくと、この本かなり良書です。学びが多いです。

「具体と抽象」のメモ

以下は本から抜粋した内容である。

抽象とは

抽象というのはわかりにくい、実践的でないといった否定的な形で用いられているのが大抵の場合ではないかと思います。このように、具体=善、抽象=悪という印象はとんでもなく大きな誤解です

抽象は、「解釈の自由度が高い」ことを意味します

抽象化とは一言で表現すれば、「枝葉を切り捨てて幹を見ること」といえます。文字どおり、「特徴を抽出する」ということです。要は、さまざまな特徴や属性を持つ現実の事象のなかから、他のものと共通の特徴を抜き出して、ひとまとめにして扱うということです

抽象化のメリット

解釈の自由度が高いということは、応用が利くことになり、これが抽象の最大の特長ということになります

抽象化の最大のメリットとは何でしょうか? それは、複数のものを共通の特徴を以てグルーピングして「同じ」と見なすことで、一つの事象における学びを他の場面でも適用することが可能になることです。つまり「一を聞いて十を知る」(実際には、十どころか百万でも可能)です

エネルギー」という概念で「熱」や「運動」や「高さ」をすべて「同じもの」ととらえたおかげで、これらを「エネルギー保存の法則」という理論で取り扱い、たとえば発電という形で人類全体の役に立つ応用技術が生み出されてきました。これも、抽象化による知の発展として挙げられます

抽象化の例

たとえ話のうまい人とは「具体→抽象→具体という往復運動による翻訳」に長けている人のことをいいます。①たとえの対象がだれにでもわかりやすい身近で具体的なテーマ(スポーツやテレビ番組など)になっている。  ②説明しようとしている対象と右記テーマとの共通点が抽象化され、「過不足なく」表現されている

うまい短歌や俳句は、きわめて具体的なことを表現しているように見えながら、じつは「深い」抽象的なメッセージを有していることが多い

「具体か抽象か」の尺度は相対的

手段と目的の関係も、すべて相対的なものです。目的一つに対して手段は複数という形で階層が成立しますが、目的にはつねに、さらに抽象度の高い「上位目的」が存在します

抽象度のレベル」が合っていない状態で議論している(ことに両者が気づいていない)ために、かみ合わない議論が後を絶たないのです。

「変えるべきこと」と「変えざるべきこと」の線引きを抽象度に応じて切り分けることで論点が明確になります

「具体と抽象」を理解できていないと、、、

具体レベルでしか相手の言うことをとらえていないと、少しでも言うことが変わっただけで、「心変わり」ととらえてしまいます

しかし実際は「心変わり」ではなく、その上司の方針が一貫していることによって起こっている可能性があります。「重要顧客のフォローが甘くなって満足度が下がっているので、その対策をしたい」とその上司が考え、つねに最善の対応を考えていたら、状況の変化によって対応策が変わるのは当然でしょう。

抽象度が上がれば上がるほど、本質的な課題に迫っていくので、そう簡単に変化はしないものです。「本質をとらえる」という言い方がありますが、これもいかに表面事象から抽象度の高いメッセージを導き出すかということを示しています

抽象概念は受け手が好きに解釈できる

一般的に本(文字)の表現のほうが抽象度が高いので、人によってまったく異なる解釈(頭の中での具体化、イメージ化)をしている可能性がありますが、映画の場合にはその可能性は相対的に少なくなります

「自由度の高さ」は、「具体派」の人から見れば、「だからよくわからなくて困る」という否定的な解釈になり、「抽象派」の人から見れば、「だから想像力をかきたてて、自分なりの味を出せる」と肯定的な解釈になります

「たとえばこんな形で」と具体的なイメージの例を伝えてしまうと、それを「たとえば」にならず、文字どおり「そのまま」やってしまいます。「たとえば」によって抽象度を下げて上位の概念を伝えようとしている意図が、まったく伝わらないからです 

逆に、自由度の高い依頼をチャンスととらえ、「好きなようにやっていいんですね?」とやる気になる人が、「具体抽象」の往復の世界に生きる「高い自由度を好む人」です

「自由度の違い」も上流→下流というフェーズの違いと密接に関連しています。上流の仕事というのがまさに「自由度の高い」仕事で、下流の仕事が「自由度の低い」仕事です

 「具体と抽象」における質と量の関係

基本的に具体の世界は「量」重視であるのに対して、抽象の世界は「質」重視であるとともに、「量が少なければ少ないほど、あるいはシンプルであればあるほどよい」という世界です

抽象化の帰結として、抽象度が上がるほど異なる事象が統一されて「同じ」になる一方で、抽象度が下がって具体化するほど数が増えることになります

具体の世界だけで生きていると、一つ一つの事象に振り回されます。「あの人がこう言ったから」とか、「お客様からこんなクレームがあった」とか、個別事象に一つ一つ対応するしかなく、それではきりがありません。「哲学」があれば、それらの事象をすべて抽象度の高い判断基準に合わせて処理するので、(抽象度の高い)「ぶれ」が少なくなります

大きな目標があってはじめて個別のアクションが有機的につながり、「個別の無機質な行動」が意義とつながりをもった生きた行動になっていきます。

アナロジーとは

アナロジーとは類推のことで、異なる世界と世界のあいだに類似点を見つけて理解したり、新しいアイデアを発想したりするための思考法です

アナロジーとは、「抽象レベルのまね」です。具体レベルのまねは単なるパクリでも、抽象レベルでまねすれば「斬新なアイデア」となります。

身の回りの「一見遠い世界のもの」をいかに抽象レベルで結びつけられるかが、創造的な発想力の根本といえます

重要なことは、膨大な情報を目の前にしたとき、その内容をさまざまな抽象レベルで理解しておくこと

抽象化の能力が発揮できると、、、

抽象化の能力は、インターネット上にあふれる膨大な情報から自分の目的に合致した情報を短時間で収集したり分析したりする場面でとくに力を発揮します

他人や他社の成功なり失敗なりが本質的に何に起因しているのか、抽象度を上げた特性を探り当てることです。そのうえで「同じ」なのか「違う」のかを判定するのです。具体レベルの見た目や表面的な相違をもって「違う」と言っていては、「一を聞いて十を知る」という抽象化の威力を発揮させることができません

抽象化思考を身につけるためには

多種多様な経験を積むことはもちろんですが、本を読んだり映画を見たり、芸術を鑑賞することによって実際には経験したことのないことを疑似経験することで、視野を広げることができます。そうすれば、「一見異なるものの共通点を探す」ことができるようになり、やがてそれは無意識の癖のようになっていきます

感想

最近この本を読んでから、具体的な事象から抽象化して考えてみることを意識してやっている。会社では毎日日報を書くルールがあり、その日に得た学びや失敗・課題などを書いている。ここで大切なのが、その時に具体的な事象だけを書いて終わらせるのではなく「なぜ?」「つまりは?」などを自問自答して抽象度を高めた表現に言い換えることだと思う。それだけでなく、日報は自分以外にも他の同期も書くので、それらに目を通しながら他人の学び・失敗を自分ごととして考えて応用できるようにすることも忘れずにしたい。彼らの日報は学びの宝庫ともいえそうだ。

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